インターネット検定にはまる父?

Yahoo!インターネット検定Link という検定があるのを皆さんご存じでしょうか?
これは自宅のパソコンで受ける検定なので試験中に参考書を読もうが調べようが他人がやろうが、何でもできてしまうわけで、自己満足のようなものなのですが、少しは意義があります。たとえばYahoo!オークションLink で出品したときに出品者の情報に認定を受けたもののマークが表示されたり。だからと言って出品者に対する信用があがったりと言うこともそんなにはないとは思いますけれどね。
それでですね、昨日の夜、父がちょっと来てくれと言うものですから父の小さな書斎に行ったところ、その検定を受けていてもう時間がないから手伝ってくれと言うのです。(試験には制限時間あります。) この試験は有料で500円ですが払っているので父も必死です。その検定はインターネットに関する検定でネット中毒者の私にとっては常識的な問題ばかりで楽勝だったわけで私が助っ人として来た後半は全問正解だったのですが、前半がいろいろ間違えていて不合格でした。(30問中24問以上正解で合格です。)
それならば、最初から私を呼んでやっていれば良かったと思われる方もいるかも知れませんが、父はこの検定の参考書を買っていて一応勉強した上で受けていたわけで自分の実力で受かると思っていたのでしょう。実力で受からなければ意味がないと言っていましたし。しかし、予想以上の難しさに前半で時間を使い時間がなくなってきて焦った父は私を呼んだのだと思います。
とはいえ、私も留年が決定している身ですので、(私からしたら)こんな常識的な問題も分からないのか。などと言えるわけもなく残念だったねとしか言えませんでした。言ったら言ったで民主党のように自民党に問題を追及しようとしたら自分のところでも同じ事をしていてそれ以上追及できなくなるいわゆるブーメラン現象になりかねません。
なんだかこんな書くと嫌な親子関係だなと思われてしまうかも知れませんけれど、そう思われた方は思うようにそんな雰囲気の関係ではないと思いますのでご安心ください。

小さいときは私が父にパソコンを教わる側だったのに・・・なんだか悲しくも感じました。しかし、本当の意味で私は父を超えることができるのだろうか。超えるのは難しいそうだなと思う今日この頃です。

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暑さ寒さも彼岸まで

今日は彼岸と言うことで家族全員で隣の平塚市の寺へ墓参りに行ってきました。今日は今回が初となる湘南国際マラソンLink が開催されていたため、そのためか若干道が混んでいたような気がしました。西湘バイパスを走れるというのは気持ちいいでしょうね。歩いて良いのであれば歩いてみたい。まあ私にはマラソンをする人の気が知れませんが…。(良い意味で)

あ、そうそう鉄製の線香皿とかステンレス製の花立ては盗まれていませんでした。良かった良かった。

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留年慰撫会(ウソ)

今日は私の留年慰撫会・・・ではなくてまあただの遊びでした。
カラオケ


午後1時から7時半までカラオケ・・・もう馬鹿かとアホかと最初は思いましたが、まだ歌うんだと残ろうとしたのは私だったりします。と言っても私の歌える曲はザ・ブルーハーツ全般とアニメソング、あとヒットした歌をちらほらと、そして何故か小学生の時に覚えた3年目の浮気と津軽海峡冬景色。で、採点機能を付けて歌っていたのですが3人で歌った中で80点越えは私のみでその曲は津軽海峡冬景色でした。私は基本的に演歌は好きではないのですが、津軽海峡冬景色は好きでしてね。何だか私は演歌に向いているのかとか勘違いして演歌を覚えたくなりました。
そして、8時半より焼き肉食べ放題で
焼き肉食べ放題


10時近くまで食べて満腹になったところで友人の1人がゲーセンで脱衣麻雀にはまって1500円消費とか何というかね・・・。いや、別に構わないのですけれど。私も雰囲気に呑まれて盛り上がってましたし。
今日はまあそんな楽しい日でした。

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眼鏡屋は何故やっていけるのか

今日は買い物のついでに前々から眼鏡がすぐに下にずれるので眼鏡屋で調整してもらおうと思っていながら、なかなか行けなかったので行きました。数分で調整してくれて眼鏡を持っている方はご存じだと思いますが、たいていその眼鏡を買った店でもそうでない店でも無料で調整してくれます。そのため大変助かります。しかし、私は疑問に思うのです。何故眼鏡屋がそれ単体で商売をやっていけるのか。それはまあやっていけるから色々な眼鏡店があるのでそうけれど、眼鏡なんてそうそう買うものではないし、買い換えるものでもない。まあ最近はコンタクトレンズの方が多いでしょうから、ソフトレンズはともかくとして、ハードレンズの場合は眼鏡店で購入するでしょうが(私はコンタクトレンズを使ったことが一度もないので無知に近いですが…)、どうなのでしょう。確かにその分、単価は高いですが、普段の客の出入りからしていかがなものなのか。もちろん、今日は平日で一番客の出入りが多いのは休日でしょうけれど、店内に客があふれるというのは見たことがありません。それでもその今日行った某有名眼鏡店はその地に10年以上はあるわけで、つまりは採算が取れているということですよね。
う~む。経済ってのは謎ですね。

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20歳、はたち・・・誕生日。そして、法律上大人となった。

今から20年前の昭和62年(1987年)3月13日(金)、私は藤沢市民病院で2000グラムを切る未熟児として生を受けた。日本ではあまり関係ないが、13日の金曜日はと言うと欧米ではキリストが十字架に磔刑となったため縁起が悪い日とされている。それはともかくとして今では未熟児であったことを感じさせぬ、必要のない脂肪が付くほどの巨体へと成長した。頭はこの通りであるが・・・。
今日から法律上大人である。酒とたばこを合法的に楽しめるし、選挙権が得られるし、年金も払わなくてはいけなくなるし、種々な契約も親の同意なしに可能となる。そのほかには何があるだろう・・・。
私は正直言って大人にはなりたくなかった。それはまあ精神的にはまだ子供かもしれないし、自ら子供でいようと思えば出来なくはないだろう。だが、そういうことではない。法律上大人となることで、今までの子供であった20年と区切られて、そう考えると何だか感慨深く切なく感じるのだ。もちろん一般的な寿命から言えば子供である20年よりも大人である60年の方が3倍も期間が長く、その分いろいろ感じることや経験することも多いと思う。だけれども、子供であった20年をまた経験すると言うことは不可能だ。この20年が私にとって良いものだったかと問われると悩むが、上でも述べたがそう考えることで切なくは感じる。では何だろう、この気持ちは。これからの大人として生きる事への不安なのか、子供には戻れない事への哀愁なのか、あるいは別の気持ちなのか、私にはまだ分からない。いや、分かっていてもそれを表したくないだけなのかも知れない。でも、いつか分かるときが来るだろうし、表せるときも来るだろう。そんなとき、大人である今も結構楽しいよと思えるように生きることが出来ればと私は思う。


p.s 19歳はご存じの通り、波瀾万丈だった。いや、波瀾万丈と言うには生ぬるいかもしれないが。私はそれを改めてと言うには期間が短いが、改めてその出来事を心に刻み、この20歳という1年を過ごしたいと思う。

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