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三河漫才 今川編

先日の旅行の帰り道に暇だったので皆の助言を得つつ、手帳に遊びで小説を書いていました。それが、思いの外はまりまして、昨日下書きが完成し、今日、清書と校正が完了しましたので公開します。

今まで、小説を書こうと思った事はあれども設定だけ考えて一度も最後まで書く事はありませんでした。ですので、今回、ちゃんと最後まで書く事が出来て良かったなと思います。
2000文字程度ではありますが、この何十倍、何百倍の原稿を書いている小説家はすごいなと改めて感じました。

読みたい方はどうぞ続きをお読み下さい。
ちなみに縦書きで読みたいという方のためにPDF形式のファイルも用意しましたのでよろしければそちらもどうぞ。
てかホラーのつもりで書いていたのに…いつの間にか…(笑)

9月14日加筆修正。


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三河漫才 今川編
拓海
豊川は言う。
「今、俺たち、高速を走ってるな」
「何を突然言い出すんだよ」
ドライバーの音羽は助手席に座る豊川の蚊とんぼのようなつぶやきを見逃さなかった。

車は東名の上り追越車線を絶賛走行中であり、姫路からの高速生活も飽き飽きしていた所での豊川のつぶやきであった。
「いやな、よく考えてみろよ、高速を走っているという事は一般道の一月二日で帰れるという事なのだよ明智君」
豊川は得意げに言う。
「――お前、今、うまい事言った、面白い事言っちゃったよとか思ってるだろ。はっきり言って少しも笑えないからな」
音羽はフロントミラーをにらめつけながら言った。しかし、当然ながらフロントミラーからは助手席に座る豊川の顔は見えない。
「そりゃそうだ、高速の場合、一般道の約半分の時間で帰る事が出来る。これは事実だ。そして、【約半分】という表現を俺は一分の二(1/2)、つまりは一月二日と言い換えた。これは俺が人類……いや、日本人初と言っていいだろう」
豊川は声を人類というくだりからフェードアウトさせながら言った。
「なんで人類か日本かで迷うんだよ。だいたい、そんな意味不明なギャグ、俺にしか理解できないっての」
音羽はすかさず突っ込みを入れ、レフトサイドミラーに映る自衛隊の装甲車を見つめながら笑みをこぼした。
「ほぅら、笑っただろ」
豊川はシートを一気に倒し、したり顔をした。
「中井も来ていればな……」
音羽の顔は晴れから曇りへと変わり話題を変えた。露骨に。
豊川は、この負けず嫌いがと思ったが、黙っていた。
「お前は中井がいないと生きていけないからな……」
豊川は神妙な顔で言った。とは言ったものの中井を連れて来られては困ると豊川は思った。
「(俺と音羽と中井……考えただけでも気まずい)」
音羽の彼女、中井は外見が奇抜であり、豊川は正直一緒に歩きたくないと思っていた。音羽自身のセンスは悪くはない。それは職業柄そうでないと困るというのもあるが。
しかし、彼女選びのセンスは最悪だ。
しばらく音羽は黙り、目をとがらせ、運転に専念した後に言う。
「豊川、オレはお前が今、何を考えているのか、目で見て、耳で聞き、手で触り、鼻でにおいを嗅ぎ、舌でなめるように分かるぞ」
音羽は顔をにやほやしながら言った。
「そりゃ偉く具体的だな…… そう言うなら是非当ててもらいたいものだね」
豊川は倒したシートを元に戻し、助手席からカーナビを気にしながら言った。恋は盲目な奴に分かるものかと思いながら……。
「オレの的確な答えを聞いて驚くなよ、お前はオレに「中井がいなくなったら生きていけない」と言った。神妙な顔でな」
音羽は依然、顔をにやほやさせている。
「ちょっと待て、お前いつ、俺の顔を見た」
豊川は間髪を容れずに言った。豊川はその時、運転席の方を向いてしゃべったわけではなかったが、音羽が一瞬でもこちらに顔を向けなかった事は分かった。何故なら、二人が乗っている車を走行車線から抜かし、追越車線を走り去ろうとするオーストリアのドップラー社製スポーツカーに音羽は釘付けだったためだ。
「そんなの簡単な事さ、オレはお前の顔なんて見ていない、分かっただけ、いや、知ってただけだよ」
音羽は一直線の高速の先、というよりも、もっと先、まるで東という方角を見るような目をしながら言った。そして、音羽は話を続ける。
「お前の中井を見る目は他のそれとは違っていた。そう、あれは嫉妬の目だった」
「ちょっと待っ」
豊川はあわてて口を挟むが、音羽は話をやめない。
「オレはわざと中井を連れてこなかったんだ。この旅行で豊川との仲を、今後の付き合い方をはっきりさせようと思ってな」
強い口調で言い放った音羽に対して豊川は冷静に、そして声をフェードインさせながら返した。
「あのな、俺は別にそっちの趣味はないんだ。お前との付き合いはもうかれこれ六、七年、になる。だから音羽の趣味も分かっているつもりだし、考えも尊重したいと思っている。だけど、中井に関しては別だ、別問題なんだ」
豊川はわずかに間を置いて核心を話し始めた。
「なんでメガネに【中井】なんて名前を付けるんだ。中井なんて名前を付けるから明らかに他の人からは何か第三者的な感じで誤解されるじゃないか」
豊川は語気を鋭くし迫った。互いに一瞬でも首を曲げることなく顔を正面、先を見つめながら話し、聞いていた。そして、豊川が発言した約二十一秒後に音羽は口を開けた。
「だって中井って感じがするじゃん……」
音羽は悄然とした顔で素っ気なく言った。豊川はそんな音羽の表情に気が引けたため、熱くなりすぎたと思い、諭すよう話す。
「いや、この際、中井って名前を付ける事は大した問題じゃないんだ、茶色のフレーム黄色い花びら……ひまわりって……いったいどういうセンスしてるんだ。自分の目はひまわりの種とでも言いたいのか……もっとこう似合うメガネはいくらでもあるだろう」
豊川は今まで我慢していた事をついに言い切ったと思った。
「これでもイラストレーターの端くれ、目立ってなんぼなの」
音羽の言葉はまだ素っ気ない。
「いや、別に文字通りに目が立たたなくてもさ……」
豊川は、確かに芸術家連中は自己表現に余念がないのもいるが、あれはやっぱりなぁと思いながら返した。
「それにひまわり好きじゃん……」
音羽は照れくさそうに言った。心なしか頬も赤らめていた。
「あ……」
それと同時に豊川も心なしか頬を赤らめた。
「……」
「……」
しばしの沈黙が続く。時間にして約百八秒だった。
そして、豊川が口を開いた。
「ねーよ、お前みたいな男女(おとこおんな)が何、変な所に気を回してるんだよ」
豊川から笑いがこぼれ、車内が青空になった。さらに豊川は続ける。
「だいたいな、そんな所に気を回すならまず「オレ」っていう一人称を変えろっての」
音羽は顔を真っ赤にしながら小さい声で言う。
「バッカ、そこが【あたし】の萌えポイントなんじゃないか」

幸せの種類は沢山ある。中にはお金には換えられない幸せ、その時、その瞬間だけの幸せも多い。幸せは基本的に相対的に決めるものではなく、己のみによって絶対的に決まるものだ。しかし、互いにピッタリと共鳴する幸せも存在するようである。そんな幸せが訪れるのは偶然だろうか、必然なのだろうか。

豊川と音羽の旅行は帰路である。しかし、旅まだ終わらない。
豊川弥生二十七歳、岡崎音羽二十三歳、残暑のある九月の第二週の火曜日の事だった。


次回、加古川編へ続く?

添付ファイル: E4B889E6B2B3E6BCABE6898Dpdf 

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